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「眠れぬ森」というドラマが話題になっています。記憶を書き換えられた主人公が自分の過去を探るうち、次々と意外な事実が浮かび上がり、彼女を含めた周囲の人々の今の姿をくつがえしていく、というストーリーです。このドラマの中で、主人公が「過去に関係なく生きて行けたらどんなに幸せだろう」という台詞を何度も口にするのが印象的です。 私たちも、大なり小なり過去に縛られ、過去に苦しめられています。「トラウマ」すなわち「心の傷」は、その代表と言えます。子供の頃に受けた心の傷は、大人になって心を歪め、病気や「生きにくさ」の原因になると言われています。また、自分が犯してしまった過ちは、何か不幸が訪れる度に思い出され、自分自身を責める要因となります。 トラウマを癒すためにカウンセリングにかかり、自分の過ちを清算するために加持祈祷を頼んでも、私たちは一向に過去からは自由になれません。なぜなら、過去は時間の経過と共に増加しているからです。一つの過去を清算してもまた新しい過去が私たちを苦しめるのです。
二千年前、馬小屋で生まれたイエス・キリストは、当時の社会から差別されのけ者にされていた人々の友となり、過去の罪の結果とされていた多くの病人を癒されました。しかし彼は、まったく罪のない方であったのに、妬みに駆られた時の指導者たちの謀略によって、十字架にはりつけにされ殺されました。 彼の死は無駄死にだったのでしょうか。そうではありません、聖書にこのように書いてあります。
「私たちを責め立てている債務証書を無効にされたからです。神はこの証書を取りのけ、十字架に釘づけにされました。」 イエス・キリストは私たちの負っている忌まわしい過去という負債を清算するために、私たちに代わって死んで下さったのです。彼を信じるものは、自分の過ちを悔いて自らを責めることからも、また、自分を傷つけた誰かを責めることからも解放されるのです。聖書の別の箇所に次のように書いてあります。
「だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。」
イエス・キリストを信じるなら、これまでの過去からも、これからの過去からも解放され、日々新しく生きていくことができるのです。「過去に関係なく生きていくこと」は不可能ではありません。 |
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