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二千年前のクリスマス、イスラエルの田舎町に生まれたイエス・キリストの言葉です。 彼の時代、イスラエルはローマ帝国の圧制に苦しみ、庶民は皆貧しく、その日の糧を確保するのに汲々としていました。庶民は自分たちをローマ帝国から解放し、腹一杯飲み食いさせてくれる救世主(キリスト)を求めていました。そこにイエスが現れ、病人を癒し、数々の奇跡を行い、弱者の友となりました。人々はこの人こそキリストだと期待したのですが、彼の教えは全く期待はずれでした。豊かにしてくれると思っていたのに、貧しさを肯定し、むしろ幸せだ、と言ったのですから無理もありません。最後はイエスに痛烈に批判され対面を失った宗教指導者たちの扇動に乗って、彼を十字架にはりつけにして殺したのです。
イエスは死にましたが、二千年後の今でも世界中で彼の誕生を祝っています。なぜでしょうか、それは彼の教えが真理であるからに他なりません。今日本の景気は低迷し、解決の糸口さえ見つかっていません。しかし、不況だといっても餓死する人がいるわけではなく、小学生でさえ携帯電話を持っている世界有数の金持ち国家であることに変わりありません。それなのになぜ私たちは経済が右肩上がりの成長を止めたからといって不幸のどん底に突き落とされたように落胆しなければならないのでしょうか。本当に不幸なのは、幸不幸を金に支配されているこの国の構造であり、私たちの価値観・人生観にあるのではないでしょうか。株価や為替に翻弄され、一切れのパンを食べられることの幸せを失ってしまった私たちの心に、「富んでいるあなたがたは、不幸である。」というイエス・キリストの声が突き刺さります。 |
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