牧師コラム:「わたしはよみがえりである。」<2003年4月>
 「イースター」って知っていますか。キリスト教では、クリスマスと並ぶ大切な記念日です。クリスマスはイエス・キリストの誕生日、イースターは彼が死からよみがえった日、とされています。クリスマスは日本でもすっかり市民権を得ましたが、残念ながらイースターはほとんど知られていません。
 実は、キリスト教において重要なのはイースターのほうなのです。なぜならキリスト教は、キリストが誕生したからではなく、死からよみがえったからこそ始まった教えだからです。
  確かにイエスの教えは素晴らしく価値あるものです。「右の頬を打たれたら、左の頬を出しなさい。」とか、「受けるよりは与えるほうが幸いである。」など、世界中の人たちの生き方に影響を与えてきました。しかし彼は最後には十字架にかけられて殺されたのです。どんなに立派な生き方をしても、何も報われずに惨めに死んでいった人の教えに従おうとする人がどれほどいるでしょうか。キリストの弟子たちも、彼が十字架で死んだのを見て、自分たちも同じ目に遭うのではないかと思い、隠れたり故郷に帰ったりしたのでした。彼の教えを広めようとした者など一人もいなかったのです。
 ではなぜ今世界中にキリスト教が広まっているのでしょうか。それは、十字架にかけられて殺されたキリストが復活したからです。キリストは弟子たちの前に現れ、自分が生きていることを証明して天に帰った、と聖書は語っています。その時から弟子たちは死を恐れずキリストの教えを広めていったのです。彼らはたとえ死んでも、キリストのようにまったく新しい命を与えられてよみがえることを確信したからです。ローマ帝国時代、何千何万というクリスチャンが殉教しましたが、彼らの死は彼らの信仰の証でもあったのです。
 
 「わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる。」               (キリスト)
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